第2章 (不)愉快な仲間たち #5



 土曜の午後はたいてい、学校がある時もない時も、巳咲たちは双子の家に集合する。特別みんなで何をする訳でもなく、なんとなく集まって、好き勝手にくつろぐのだ。
 巳咲の主な目的は、CDである。双子の父がレコード屋を開くほどの音楽好きなので、家にも歴史的な名盤から発売前の最新作、明日のスターを目指すインディーズ盤まで、幅広く揃っているのだ。


 さて、あれはつい先週のことだった。巳咲は買ったばかりのマーブのニューシングル『蜜か月』に陶酔し、霞はサスペンスドラマの再放送に熱中し、珪人は宿題を秋生に手伝わせていた、そんな中で、ある人物がとんでもないことを言い出した。

「なぁ、そろそろオレらも、バンドやろうぜ!!」

 春樹の口調は、まるで以前からみんなで話し合っていたかのようだったが。
「ちょっと待って、バンド?」
 もちろん、今まで誰一人、「バンドやりたいね」なんて言ったことはない。確かに音楽好きならごく自然な発想で、数週間前から双子の部屋にその気配は感じていたが。
「……『オレら』ってまさか、この5人じゃないよね?」
 巳咲は今この瞬間まで、自分には関係ないもの、と油断していた。
 しかし。
「この5人に決まってんじゃん。他に誰がいる? なぁアキオ」
「……え、いや、その……」
 春樹の「他に誰がいる」宣言の瞬間、霞の目がギラリと反逆的に光ったのを、(そして珪人が全く無反応なのも)巳咲は見逃さなかった。「ねぇ、どういうこと?」
 霞はテレビを見つめたまま、秋生に続きを促した。
「そんな話、初めて聞いたんですけど」
「……ほらあの……最近楽器始めたじゃない?」
 秋生は明らかにビビッていた。
「ハルがドラムで、ボクがベースを……」
「そんなこと、言われなくてもわかってますけど」
 そうだそうだ、これ見よがしに置いてあるじゃないですか、キラキラ銀色のラメがまぶしいドラムセットと、木目ボディのベースギターと、黒い箱型の物体いわゆるアンプというヤツが!
「……だよね。あの……それでね、せっかくだからバンド組もうか、って……ていうか、バンドやろうかって楽器始めたっていうか」
 じゃあオマエら双子でやってろよ! こっちまで巻き込むなよ! つーかナゼにドラムとベースって地味なとこ押さえてんだよ! 巳咲にも色々ツッコミたい部分はあったが、霞に先を越された。
「ちょっとアキオくん! 男なんだからハッキロ言いなさいよ!!」
 明らかに論点がズレているが、誰も気にしない。(しかも珪人はまだ宿題をやっている。)どうでもいいが、巳咲は霞がカンだのを聞き逃さなかった。『ハッキロ』って……自分が『ハッキリ』と言えてないし!!
「だいたい、ハルくんもアキオくんも、他に友達いるでしょう? そっちを誘えばいいじゃない!」
 そうだそうだ!
「でも、ボクとハルの共通の友達って、ここにいる3人だけだし……」
 ……そうだそうだ……ハルがサッカーとか野球やってる友達とアキオが天体観測なんてありえない……。
「とにかく〜、オレが『バンドやる』っつったら絶対やるんだよ! これはリーダー命令だ!!」
「はぁ? 誰も賛成してないのに、なーに『リーダー』気取ってんの?」
 ……強くなったね、カスミちゃん。霞が春樹と張り合う様は、巳咲にほのかな感動を与えていた。昔はすぐ泣いちゃったのにねぇ……。
「前から思ってたけどハルくんて、『世界はオレ様中心に回ってる』とかカンチガイしてない?」
 思ってる思ってる、その鋭い指摘に、双子の秋生までもが大きくうなずいたが。

「……ていうか、服のシュミまで親の言いなりより、マシじゃん?」

 春樹の思わぬ反撃に、全員(珪人以外)が凍りついた。この頃さすがに巳咲も、もういい加減そのファッション(幼稚園時代から変わらないレースとフリルとリボンと小花模様の世界)はやめようよ、と思っていただけに、本気でフォロー不可能。

「……(×60)」
 ……ああ、なんて重い沈黙。微かに聞こえる時計の音は、まるで時限爆弾のカウントダウン。

 チッ……チッ……チッ……(×60)。

「……」怒りに肩を震わせ、言葉につまる霞。
「……」照くんのことを考えて、現実逃避する巳咲。
「……」さすがに言いすぎたかと思いつつ、今さら後には引けない春樹。
「……」自分は何も悪くないのに、春樹と双子だというだけで罪悪感にさいなまれる秋生。
「……」まだ宿題をやっているかに見えた、珪人が……?

「オレはべつに、いいけど?」

 いつものように無関心な顔をして、スパーキングな沈黙を破りやがった。
「ケイトくん、それは何に対して『いいよ』なの!?」
 再び霞がブチ切れて、珪人を問いつめる。
「それは『バンドやってもいいよ』なの? それとも遠回しに断る『いいよ』なの? そもそもケイトくん全然話聞いてなかったよねぇ!?」
 珪人の「いいよ」が「どうでもいいよ」だとわかっていながら、物事に白黒つけないと気が済まない女、杉浦霞10才(早生まれ)。
「ねぇ、どういう意味で言ったの!?」
 珪人は少し、考えた(ような顔をした)。
「……じゃあ、ボーカルなら、やってもいい」
 要するに、ボーカルじゃなきゃやらない。どうでもいいくせにポイントだけはおさえる男、水谷珪人11才。
「悪いなケイト、パートはもう決まってんだよ」
「……え?」
「ちょっとハル、パートまで勝手に決めたの!?」
 やっと巳咲の出番が回ってきた。本当になんて自己主張しにくい環境なんだ、世界がミサキのために回っていたら……などと嘆いている間に、話はどんどん勝手に進んで行く。
「当然オレはドラムでアキオがベース、カスミはピアノやってるからキーボードで」
「じゃあオレは?」
「ケイトは、ギター」
「何で。ボーカルじゃねぇの?」
「いや、オマエはね、ギタリストになるために生まれてきた男だから。オレにはわかるんだ」
 巳咲にはさっぱりわからないが、春樹は目を輝かせ、珪人に熱く語る。
「いいか歌なんてのはなぁ、誰でも歌えるんだよ。でもギターは、そうじゃない。ギターは……えーと、選ばれたヤツだけが……」
 どうやら春樹にも、実はよくわからないらしい。秋生がこっそりメモを渡したのを、巳咲は見逃さなかった。
「とにかく、天才バイオニ……オニ、オリニスリ? 『天才バイオリニスト』! と呼ばれるキミだ!」
 ……ていうか、習ってるって聞いただけで、弾いてるところ誰も見たことないんですけど。それでも説得力のない説得はまだ続く。
「いいかケイト、オマエの指はカミの……カナデ……? だぁもう、とにかくオマエの指は音楽なんだよ! そんでバンドで一番だいじなのはギター!! だからオレはバンドの未来を、その指に、たすく!!」
 ……そりゃ「たくす」の間違いだろ。秋生のメモは春樹の言語レベルに合わせていなかったらしく、巳咲の胸には響かなかったが。
「……ギターでもいいか」
 珪人はどうやら、その気になった。春樹の熱意が伝わったのではなく、「バンドで一番だいじ」がツボだったと思われる。
「……ちょっと待って、ケイトがギターということは」
 残るパートは、あとひとつ。何も楽器できない人が唯一できる、誰でもできるパート……消去法でわかりきったことながら、巳咲は神に祈った。お願い、ミサキはタンバリンということでひとつ……。

「という訳で、ボーカルはミサキに任せた!!」
「賛成! 私もミサキちゃんが歌うんならバンドに入る!!」
 ちょっと待ってカスミちゃん、アンタさっきまでイヤがってなかった?
「ミサキちゃんカラオケ超うまいし、アルトもソプラノもカンペキだもんね!」
 いやそういう問題じゃなくて……正直歌にはちょっと自信あるけど、実はちょーっとボーカルに憧れたりしてるけど。
「ぜーったいに、イヤ!!」
 巳咲は意地になって抵抗した。どうしてなのかうまく説明はできないけれど巳咲の本能が「イヤだ」と叫んだ。
「んなこと言ってると、テメーだけ仲間はずれだからな」
「どうぞご勝手に! 友達はテメーらだけじゃねぇんだよ!!」
 ここまで来ると、やりたいやりたくないの話ではない。要は、勝ち負けの問題である。

 しかし勝敗は、珪人の一言であっさり決まった。
「上原照に、会えるかもよ」
 くどいようだが『上原照』とは、巳咲の最愛のバンド、マーブル・クエーサーのボーカリストである……。

posted by レイジ・レーベル at 01:10 | Comment(1) | TrackBack(0) | 第2章 (不)愉快な仲間たち
この記事へのコメント
初めまして、ブログってけっこう難しいですよね!
気になってコメントつけさせていただきました。
ちょこちょこ拝見させていただきます。
Posted by 弥生 at 2006年06月25日 02:36
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