第5章 スパイ #8



「ねぇカスミちゃん、美園先生とは、うまくやっているの?」
 母のその一言で、霞は確信を持った。

 盗撮の主犯は……お母さん、アナタですね。

 できることならサスペンスドラマのように、断崖絶壁で母を問い詰めたいところだが。

 ……どうして今日は家にいるのよ、二人とも。

 なぜか今日に限って、父も兄も珍しく、夕食のテーブルに揃っている。これじゃあ、事件(?)の核心に迫ることなんて、できやしない。
 だって、ほら……

「美園先生って、新しい家庭教師の先生かい?」
「違うよ父さん、お茶の先生のことじゃないか?」

 この二人は『美園先生=ピアノの先生』ってことすら知らないんだから!! まったく、家庭を振り返らないにも、ほどがある。

 久しぶりの一家団らんで、母はすこぶる、ゴキゲンだった。
「美園先生はね、サヨ先生の後に、ピアノを教えてくれている先生よ」
 これもまた珍しいネコなで声で、美園先生のことを楽しそうに話して聞かせる。美園先生が来てから昨日でちょうど1周年だの、趣味が合うからいいお友達ができて楽しいだの……あんなクサレババアが友達だなんて、専業主婦の世界って狭いのね!!

「先生のおかげでね、カスミちゃん、前よりずっと上手になったのよ。そうだ、お夕食終わったら、お父さんとお兄ちゃんに弾いてあげたら?」

 ……マジで勘弁してくれよ、もう!!

 気づくとすっかり母のペースに巻き込まれ、ピアノ室でプチ演奏会が始まった。
 母は「ショパンを聴きたいわ」などと霞にねだり、父はとっておきのワインを開ける。
「約束通り、今年もちゃんと、見つけてきたよ」
 珍しく家族団らんしている訳が、ここでわかった。
「ほら、僕らが結婚した年に、作られたワインだ」
 そう、今日は、両親の結婚記念日なのである。

 ……ホントにマジで、勘弁してくれよ、もう!!

 父はプロポーズする時に、こんなステキな約束をしたそうだ。

 結婚記念日には、僕らが結婚した年に作られたワインを飲もう、たとえ50年後でも、君のために、何が何でも絶対に、探してみせるからね。

 まるで、フランス映画のワンシーン……でも、主役がこんなハゲ歯医者と厚化粧の主婦じゃあ、ねぇ……毎年こんなイタイ演技を見せられる、子供の身にもなってみろ!! どうでもいいが、背後からの視線も、さっきから違う意味でイタイのだ。振り返らなくても、気配でわかる。兄が鋭い目を光らせて、霞の指の動きを追っているのが。

 ……わかってるわよ、オレの方がうまいのに、とか思ってるんでしょ!?

 霞は知っているのだ。お兄ちゃんは「勉強と部活でピアノなんかやってる暇がないんだよ」みたいにふるまうけれど、実はお父さんに「ピアノはもうやめなさい」言われたことを。君は音楽家を目指している訳じゃないんだから、もっと他にやることがあるだろう、ってね。
 兄は両親の要求に完璧に答える。「あれをやりなさい」と言われればちゃんとやるし、「しちゃいけない」と言われたことは絶対にしない。自分から「これをやりたい」とも言わない。まるで、高性能のラジコンだ。少なくとも、両親の前では。

 ピアノ室を出る時に、霞は思わず、兄に言った。
「……ねぇお兄ちゃん、『こんな家もうイヤだ』とか、思わないの?」
 兄は、霞の頭を優しくなでながら、笑った。
「……そうかオマエ、『こんな家もうイヤだ』って、思ってんだ」
 そして、それに続く言葉に、霞は兄の本性を見た気がした。

「そうだな、オレもカスミみたいに、いっつも家にいたら、思うかもな」
posted by レイジ・レーベル at 02:12 | Comment(0) | TrackBack(1) | 第5章 スパイ
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