第5章 スパイ #9



 今日は水曜日。巳咲と霞のクラスは、4時間目が自習になった。うれしいことに国語の時間、オペラーマンのなりきり朗読ショーを見なくていい。できればこのまま永遠に消えてほしい……と願う巳咲。
 オペラーマンこと担任は、プリントを配り、「終わったら次の漢字練習と〜、意味調べをして〜、ノートを提出してくださぁ〜い」とマッタリ言って、黒板にも書きつけた。
「もぉ〜し時間内に終わらなかったら〜宿題にしますからねぇ〜」
 どうでもいいけど、コイツのしゃべり方、どうにかなんねぇのか?

「あの、先生」
 誰も頼んでないのに、使命感に燃えた目で、すっくと立ち上がる委員長。

「先生のしゃべり方、どうにかなりませんか?」
 そんな気の利いたことを、この委員長が言うはずもなく。

「誰か代わりの先生は、来ないんですか?」
 もし誰も来ないなら、私がみんなを静かに自習させますから、と言わんばかり。

 誰もテメーの言うことなんか、聞かねーっつーの!!

「代わりの先生は、来ませんがぁ……」 
 担任は、クマのヌイグルミを、教壇机の上に座らせた。
「みんなの様子は、クマさんが、ちゃんと見ているからね……静かに、自習してくださぁい?」


「みんな、自分の席で自習してください!!」
 委員長の訴えも空しく、担任がいなくなったとたん、席の移動が始まった。
「ねぇ、ミサキちゃん」
 霞は巳咲の隣の席をキープして、机をくっつけた。
「わからないところは、教えっこしようね」
 そう言って、霞はさりげなく、鉛筆の先をクマさんに向ける。

〈……ねぇ、あのクマさんって、アレだよね〉 巳咲は小さく、頷いた。やっぱり霞も、同じことを考えていたようだ。
 プリントを解きながら、クマさんにバレないよう、二人はテレパシー(小声)で話を続けた。

〈……前から、なんで教室にヌイグルミがあるんだろう、とか思ってたけど〉
〈あ、私覚えてるよ。なんかね、昔の卒業生が、寄付してくれたんだって〉
〈ふーん……ヌイグルミの会社やってる人なのかな?〉
〈……ミサキちゃん、そういう問題じゃなくて……〉
〈わかってますよ。他の教室にもあるよね、絶対〉
〈じゃあ、お昼休みに、屋上に集まらない?〉

「ええ〜っ!? 暑いよ!!」
 巳咲は思わず、大声になった。
「ちょっと小沢さん!! 静かにしてください!!」
 遠くで委員長がヒステリーを起こしているが、それより隣でニラミ効かせてる霞の方がよっぽどコワイ。
「テメーこそうるせぇんだよ、あだ名だけの委員長が」
 霞はボソッと呟いて、話に戻ろうとしたが。
「……ミサキちゃん、もうプリント終わったの?」
 今度は裏切り者を見るような目で、巳咲と、巳咲の机の上を見比べた。
「……え、だってこんなの、5分もあれば終わるよ」
 巳咲はすでに、教科書とノート、国語辞典を、机に並べていた。
「良かったら、プリント、写す?」
「……あ、ありがとう」
 慌てて答えを写しながら、ミサキちゃんって結構、やるべきことはやる人だよね……などと感心する霞。しかし、巳咲は決してマジメな訳ではなく、家で勉強するのが嫌いなだけである。
「できなかったら宿題になるんだよ? 辞書持って帰るの、重いもん」
「……もしかして、漢字練習も終わったの?」
「そっちは、昨日の国語の時間に終わらせた」
 おかげで昨日も、オペラーマンのなりきり朗読ショーを見ずに済んだし、宿題も減って一石二鳥。
「……ミサキちゃんって、そういうことだけはムダがないよね……」
 ……そういうことだけは? どうも引っかかる言いっぷりだが、細かいことを気にしている場合ではない。

 みんなの様子は、クマさんが、ちゃんと見ているからね……。

 ヌイグルミを使った盗撮が、この学校でも、行われているのだ。

posted by レイジ・レーベル at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第5章 スパイ
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