第4章 リリカル・スイッチ #9



【ねぇ、もうこんな家イヤだとか、家出したいとか、考えたことある?】

 ……はぁ!? 
 いきなりの重いメールに、巳咲は頭がクラクラした。
 ……ていうかカスミちゃん、今まさにそう思ってんだけど!!

 巳咲は今まさに、生まれて初めて、本気で家出を考えている。

【バクちゃんに、マーブのポスターもらったよぴかぴか(新しい)

 チャリを一時停車して、秋生にそんなメールを送った、矢先の出来事であった。早く部屋に飾りたいから、やっぱり素直に家に帰ろう。そうそう、マヨネーズをまだ買ってなかったな……と、方向転換した、矢先の出来事であった。

【チャリを飛ばしてパーティーへダッシュ(走り出すさま) ゴーゴーレッツゴるんるん

 そんな気持ちでチャリを飛ばしたバチが当たったのか、いやむしろ、そのまま飛ばせばよかったのだ。
 巳咲はもうずいぶん長いこと、こうしていた。いつもは気にも留めない平凡なカフェの前で、偶然目にした現実に、ただ呆然と立ちすくんでいた。

【タイムリミットまで、あと5分!!】

 ママからのメールで慌ててバクちゃんのレコード屋さんを出た時、空はまだ明るかった。もしその時点で素直に帰っていれば、秋生にメールしようなんて思わなければ……今頃はハンバーグを食べ終わって、「パパ今日も遅いね」などと言いながら、ママとデザートでも食べて、テレビを見ているはずだった。
 なのになぜか今、目の前にパパがいる。まるでテレビの中の人みたいに、カフェの窓からパパの姿が見えている。

【カスミちゃん、家庭崩壊って、考えたことある?】続きを読む
posted by レイジ・レーベル at 23:43 | Comment(1) | TrackBack(0) | 第4章 リリカル・スイッチ

第4章 リリカル・スイッチ #8



 それはとても、寒い日のことだった。いつものように巳咲が緊張感に欠けた発言をして、春樹がキレかけた時のことである。

「あのね、ボク最近気づいたんだけど、人間の長所と短所は、エアコンと同じなんだよね」

 いきなりそんなことをしみじみ言われても、ここに秋生の知性についていける人間は当然いない。
「はぁ!? それがミサキのボケと、何の関係があるんだよ!?」
 春樹がますますキレ出すと、秋生はいつものように、出来の悪い生徒を持った先生のような顔をした。
「だからね、今は冬で寒いから、暖房かけてるでしょ?」
 霞は時々、秋生のこういう優等生ぶった口調が気に障る。まぁ5人の中では、アキオくんが一番マトモだとは思うけど。
「じゃあハル、もし今、夏だったら?」「クーラーかけるに決まってんじゃん」
「じゃあ、夏に暖房かけたら?」「そんなバカいねぇよ、ますます暑い!!」
「冬にクーラーかけたら」「凍るわ、ボケ!!」

「でもね、不思議なことに、夏でも冬でも、この部屋の設定温度は同じ、25度なんだよ」

 ……ああ、そうか。霞は秋生の言いたいことが、何となく理解できた。確かに不思議だ、同じ温度なのに、夏は涼しくて、冬は暖かく感じるなんて。
「あのさぁ、ミサキも前から思ってたけど、冷凍庫開けた時に咳すると、風邪の菌が凍るような気がしない?」
「……(放置)」

「だからねボクが言いたいのは、スイッチの切り替えひとつで効果が変わる、ってことなんだよ。つまり、今必要なのは冷房なのか暖房なのか……」

「つまりアキオが言いたいのは、『ミサキはそれがわかってねぇ!!』と」
「はぁ〜!? ハルのが空気読めないと思うけど〜!?」
「それは言えるな」
「何だとコラ、一番空気読めねぇのはケイト、テメーだろうが!!」
「……(最放置)」

「あのねカスミちゃん、たとえばホラ、イラついてる人に文句言うのは、夏に暖房かけてるようなもので」

「それがミサキ、オマエなんだよ」
「はぁ〜!? いっつもケンカ売ってくんのはテメーだろうが」
「……(再々放置)まぁ今は例外として、今言いたくないけど……」

「時には、まれに、ミサキちゃんの緊張感のなさが、周りの緊張をほぐしてくれることもあるじゃない? 寒い日の暖房みたいに、ね」

 ……なるほど。確かに今この状況では認めたくないが、霞も巳咲のボケっぷりに救われたことは何度もあった。今は正直、話のジャマだけど。

「……そうか、スイッチの切り替えひとつで、長所にも短所にもなるんだね」

 そう考えると、この状況で認めたくはないけれど、巳咲のワガママぶりも、自分の意見をきちんと伝えられるパワー、と言える。春樹はどんな集団の中にいてもリーダーシップを発揮できて、秋生は矛盾のない知性でいつもみんなをフォローして、珪人は誰よりも冷静に現実を見据え……。
「……本当に今は認めたくないけど、頼りになる友達を持って幸せ……だよね」
「……まぁ、機械じゃないから、そううまく切り替えられないのが、人間なんだよね……」
「なーんかそこまで言うとリクツくせーけど、ケイトは年中クーラーみたいな顔だよなぁ?」
「うるせぇよ、年中ヒーター」
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posted by レイジ・レーベル at 01:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第4章 リリカル・スイッチ

第4章 リリカル・スイッチ #7



 なーにが、美園先生だよ、名字に『美しい』が入ること自体、間違ってるから。美園じゃなくて味噌野でいいよ、ていうかクサレ味噌! なんか発酵してそうだし!!

 思い起こせば1年前。サヨ先生が引っ越すから、息子夫婦が同居しようなんて言うから、いけないんだ。逆恨みもしたくなる。元はと言えばサヨ先生が辞めたせいで、あのクサレ味噌に教わるハメになったのだ。
 べつに、あのクサレ味噌が、特別厳しい訳じゃない。むしろ、サヨ先生の方が、怖かった。教え方も、たぶんクサレの方がうまいと思う。おばあちゃん先生みたいに、ただひたすら叩き込む方式ではない。クサレは技術面だけでなく、『ピアニスト体質』を育てることに、こだわった。音感を磨くのは勿論、ストレッチやブレスを取るタイミング、演技力……人前で聴かせるピアノは視覚も意識するべきだと、「『弾く』んじゃなくて『表現する』のよ」などと、毎回ビデオに撮っては、姿勢や顔の向き、腕の上げ下げまでをも熱心に指導してくれるのだ。おかげで霞はこの1年で驚くほどの上達を見せた。ビデオを見て、思わず自分で「カッコイイ」と、ホレボレするほどに。

「……でも、人としては、どうなのアレ?」
 確かにクサレ味噌は、ピアノ教師としては優秀かもしれない。でもヤツを見てると、35才で独身の女はヤバイと思う。……じゃなくて、女としてヤバイから、35で独身なのか? でも40才過ぎても独身でステキな女優さんもいるし……?
「どうでもいいよ、そんなこたあ!! ウチの母上なんか結婚してるけどヤバイじゃん!! もともと質が違うんだよ!!」
 とりあえず、自分がヤバイ母上似じゃないことに感謝!! 「カスミちゃんてお母さん似?」なんてミサキちゃんは言うけれど全否定!! 似てません!!
「あのクサレ味噌、絶対自覚ねぇよな、腐ったキュウリみたいなツラしてスカしてんじゃねぇよ!! テメーの生き様は漬物をナイフとフォークで食ってるようなもんだよ!! いくら化粧したって時間と金のムダだっつーの、整形して根本的に直せ!!」続きを読む
posted by レイジ・レーベル at 15:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第4章 リリカル・スイッチ

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